「コンランさんへ」 こうちゃん

 コンランさんとは、ほんの数ヶ月間のお付き合いでありましたが、私は、コンランさんのお人柄に惹かれ、2004年9月・11月と渡豪し、色々なお話しをしてきました。本来ならば、コンランさんが生きている時に、コンランさん自信に、直接、感謝の気持ち等伝えるべきなのですが、今は、もう、それが出来ません。そこで、「コンランさん宛に手紙を書く」という形で、天に召されたコンランさんにお届けできればと思います。

 コンランさんと初めてお会いしたのは、2004年9月でしたね。その日はとても天気が良く、日差しが強かったので、コンランさんが、白い格好良いハットを被っていたのを思い出します。Cottesloeの駅で待ち合わせをし、コンランさんのご自宅へ向かって歩いていた時、突然コンランさんが「私、ガンなんです。末期ガンで、5月の時点で余命半年と宣告されました。」とお話され、もう、私の頭の中は、あまりにも予想外の話で、パニックになってしまいました。初対面で、いきなり「末期がんです。余命半年」そして、さらに、「私は死ぬのは怖くありません」という発言。驚きの連続でした。この発言の直後、私は質問しましたね。「私の周りは、死ぬことは怖いと考える人が多いと思うのですが、どうしたら、死ぬのは怖くないと考えられるのですか?」と。その時に、キリスト教の考え方であるということを教えて頂き、私は日本へ戻ってから、教会へ通い始めました。

 ご自宅に着き、コンランさんのご家族にご挨拶した後、海岸・ゴルフ場の周りを散歩し色々なお話しをしましたね。オーストラリアの歴史・政治、コンランさんが日本で留学していた時の話、なぜ日本語を学んだのか、そして、日本では堂々と話が出来ない「同性愛の問題」。日本で散歩しながら、気楽に同性愛の話なんて、とても出来ません。
 コンランさんは同性愛の問題で、数々の運動に参加し、同性愛者を勇気付けてくれていましたね。新聞に投書したり、教会の方と議論したり、ゲイ・レズビアンパレードに参加したり、とても活動的で、弱者の立場にたって物事を考えてくれていました。

 私にとって、一番大きかったことは、コンランさんにカミングアウトしたことです。今まで誰にもカミングアウト出来なかったのですが、堂々とカミングアウトし、同性愛者である私を、コンランさんは理解し、受け入れて下さいました。
 しかし、私のことを理解し、受け入れて下さったコンランさんは余命半年...
私自身は、この渡豪で元気付けられましたが、今度は、私がコンランさんを元気付ける番だという思いが強くありました。「コンランさんが出来る限り、病気のことを考えないようにするには、どうしたらよいか?」
 9月帰国する前、コンランさんに尋ねましたね。「コンランさん、私、日本に帰ったら何か、日本から送りたいのですが、読みたい本・食べたい日本食など何か欲しいものありませんか?」と。
 そのとき、「欲しいものは、何もありません。もし敢えて言うなら、健康」とお答えになった時、私は、そのような質問したことが、コンランさんを元気付けるどころか、どん底に突き落とすような質問をしたのではないか?と自分を責めました。

 日本に帰国してから、私は、何かやらないと気がすまず、日本のお菓子や健康食品などを送ったり、たまに電話をかけたりというのを繰り返していました。電話の声は、お元気だったのでコンランさんが余命半年であるということは、受け入れたくはありませんでした。しかし、最悪のケースも考える必要もあり、11月・12月に、なんとか、もう一度お会いして、色々お話したり、コンランさんを元気付けたいと考え、再び11月に渡豪することに決めました。
 この時の渡豪は、予想外のことが起きました。当初、コンランさんのご自宅で、3時に御茶を飲む予定だったのが、お昼にコンランさんの緊急入院が決定され、それを知らずに、私がご自宅に向かっていたので、奥様がハイスクールの授業の空き時間を利用して、私に伝えに来てくださいました。緊急入院と伺ったとき、心配でたまりませんでした。お会いできない可能性もあるなというのも覚悟していました。しかし、その晩、コンランさんから、お元気な声で電話があり、病院の行き方を教えていただいて、翌日お見舞いに行くことができました。ベッドにいらっしゃったコンランさんは、一見、そんなに状態悪そうにみえませんでした。
 
 病院にお見舞いに行った2004年11月5日が、私がコンランさんとお会いした最後でありましたが、コンランさんは「すこたん企画には、絶対に頑張って欲しい」と願っていました。そして、必ず、このことを伊藤さん・簗瀬さんに伝えて欲しいというのも強調されましたね。
 それと、私に対して「そろそろ、人生のパートナーを探した方が良いですよ」アドバイスしてくれましたね。
 コンランさんが今まで活動してきてくれた1つ1つが無駄にならないように、頑張っていきます。そして、コンランさんのアドバイス、近い内に、実現させたいです。コンランさん、本当にありがとう!

2005年3月31日

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